« 日本人論の秘密 | メイン | 窒素原子の用途 »

満洲の歴史

古代、この地域はモンゴル系・ツングース系の北方諸民族の興亡の場であった。古代の中国ではこの地域は中華文化圏とは認めず、「封禁の地」もしくは「関外の地」と呼称した。これは、山海関よりも外の土地という意味である。満洲と中国と最初に物理的に分け隔てたのは、秦の始皇帝の万里の長城である。長城は、歴代の中国王朝が修繕を繰り返した。

中世に入ると、唐や遼の支配を受けて一時中華圏内に入るものの、12世紀には土着の女真族(満州族)が「金」を建国、遼・北宋を倒して中国北半分を支配するに至る。金はモンゴル民族の王朝元に倒され、次いで元は漢民族の王朝明に倒された。このように、この地域の支配民族は王朝ごとに変わった。明は、満州族(17世紀に女真族から名称変更)が起こした清朝に倒され、満州地域及び中国本土全体が満州民族の支配下に入る。清朝は故郷の満州地域を特別扱いし、漢民族が移入することを禁じた。

近代の17世紀になると、ロシア帝国の南下の動きが激しくなり、ロシアと清朝との間でこの地域をめぐる紛争が頻発したため、国境を定める必要が生じた。1689年にネルチンスク条約が締結され、国際的にも正式に清朝の国土と定められた。その後清王朝はロシアの脅威に対抗する為、兵士を駐屯させる。そして兵糧確保の為漢民族の移入を黙認し、農地開発を進め次々と荒野を農地に変えていった。しかし王朝末期に弱体化した清朝はロシアの進出を抑えきれず、1858年の北京条約、1860年のアイグン条約の二つの不平等条約によって、満州地域の黒竜江以北及びウスリー川以東のいわゆる外満州地域は、ロシアに割譲されることとなった。

さらに、西欧列強の進出などで中国国土が荒廃すると、漢民族の民衆の間にも広く民族的自覚が芽生え、19世紀半ばに起こった太平天国の乱では「滅満興漢」(満州族を滅ぼして漢民族を興す)のスローガンが強く叫ばれた。満州族の風習である辮髪を切って、清朝支配に抵抗を示す者も現れるようになった。

この動きは19世紀末に日清戦争で清朝が敗北して、中国への列強の進出がさらに激化すると、逆に「扶清滅洋」(清を助けて西洋を滅ぼす)に変わり、義和団事件が起こり、排外運動がさらに激しくなった。しかし弱体化した清朝は延命できず、1911年の辛亥革命で倒された。翌年成立した中華民国は清朝の領土を継承を宣言するが、実態は各地域の軍閥による群雄割拠の状態であった。 満州は張作霖の軍閥の支配下となる。清朝崩壊後、満州へは社会不安から流民となった漢民族の移入が急増する。

1931年に大日本帝国の関東軍は独走して満州事変をおこし満州全域を占領して、翌1932年に満洲国を建国した。満州国は清朝最後の皇帝であった愛新覚羅溥儀を元首(執政、のち皇帝)とした。この時期の満州は大日本帝国の支配下となる。大日本帝国は満州鉄道や満州重工業開発を通じて多額の産業投資を行い、農地や荒野に工場を建設した。結果田舎だった満州はこの時期に急速に近代化が進んだ。一方では満蒙開拓移民が入植する農地を確保する為既存の農地から地元農民を強制移住させる等、元々住んでいた住民の反日感情を煽るような政策を実施し、このことが反日組織の拡大へと繋がっていった。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
【おすすめリンク集】
221lake--Access向上・サーチ百科

222lakehorseバリューライフジャーナル

223アクセスアップ・お調べWEB

224large--Access向上・お調べWEB

225largehotelバリューテックガイド

226ACCESSUP・サーチWEBネットワーク

227letter--ACCESSUP・サーチWEBネット

228letterimpress相互リンクアップドリーム

229ACCESSUP・総合データベース

230leg--ACCESSUP・総合データベース

231legice相互リンクアップ極秘ワールド

232アクセスアップ・全国総合検索

233ladybug--Access向上・日本全土総合検索

234ladybughopeバリュー情報ネットワーク

235ACCESSUP・総合リサーチ

236lesson--ACCESSUP・総合リサーチ

237lessonimportant相互リンクアップジャーナル

238アクセスアップ・総合検索サイト

239leaf--Access向上・総合検索サイト

240leafhundredバリューアクセスアップ

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kantan-blog.com/cgi_bin/mt/mt-tb.cgi/985

About

2007年11月30日 09:47に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「日本人論の秘密」です。

次の投稿は「窒素原子の用途」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34